子どもに必要な学校とは?


明橋 大二先生

が代表の親と子のリレーションシップほくりく in 石川

に行ってきました。

 今年は

世田谷区立桜丘中学校 元校長の西郷先生のお話がありました。

その中で、私が一番頭に残っているのは

非認知能力

でした。

認知能力とは、一般的には知能検査で測定できる能力のことをいい、

非認知能力とは下記の表のことを言います。

Non-cognitive ability_11.jpg

この非認知能力はどう育てるかについて、こう語られていました。

非認知能力の育て方

・子どもの言う事を否定しない。

・子どもの話を聞いてあげる。

・子どもに共感する。

・アタッチメントなど子どもとの触れ合いを積極的に行う。

・能力ではなく、努力をほめる。

・行動を強制しない。

と西郷先生は言われていました。

このことを踏まえて、

不登校の子を持つ親としては何が出来るか、

考えてみました。

・子どもの言う事を否定しない。⇒親目線、人生の先輩目線をやめ、子どもを1人の「人」として考え、否定しない。

・子どもの話を聞いてあげる。 ⇒とにかく、頭を真っ白にして聞いてあげる。

・子どもに共感する。     ⇒親としての立場、大人としての立場、経験値、世間体に惑わされず、純粋に共感する。

・アタッチメントなど子どもとの触れ合いを積極的に行う。

・能力ではなく、努力をほめる。⇒よそと比べず、小さなことでも子どもが努力したことに対してほめる。(例)学校に行けなかったとしても、行こうと思った事をほめる

・行動を強制しない。     ⇒無理に学校へ行かせない。家にいるなら勉強や家事だけでもしろと言わない。など..

これは、私の解釈ですので、それぞれ違うとは思います。

なので、一つの考え方としてご参考になればと思います。

これを書いていて、ふと思ったのですが、

見守るとは

非認知能力を育てること=見守る

だと私は思いました。

この木は、どうやってここまで大きく育ったのでしょうか?

人がひっぱって伸びたのでしょうか?伸びろー伸びろーと毎日、言い続けて大きくなったのでしょうか?

この木が小さい時は

もしかしたら、添え木をしたかもしれません。

肥料をたくさんあげたのかもしれません。

水も与えたのかもしれません。

けれど、

大きくなったのは「木」自身ですよね。

しっかり大地に根を張るまでの間は、

添え木や肥料・水やりなどをしていても、

ある程度大きくなったら、木自身の伸びる力を信じるしかありません。

雑草は、刈っても刈っても、これでもかーーーーー!!というくらい生えてきます。

雑草には水やりも、肥料も添え木もしなくても、力強く生えてきます。

このことを元に、

我が子のことを考えてみましょう。

なにか気づくことがあるのではないでしょうか…..

見守ることは目に見える認知能力のようではないけれど、

きっと非認知能力が育っていき、

自分で考え、決断し、行動できるようになり、

結果、雑草のように力強く、大きな木のようにしっかり根を張って、生きていってくれたらいいなぁと、私は思います。

 

 

きょうはこれでおしまい。

最後まで読んでくださってありがとうございましゅ。

 

(16日目 完)

 

 

 

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